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CHICAGO@赤坂ACTシアター
1006_chigago.jpg


とうとう観てしまいました。。『CHICAGO』日本語版


初回の米倉×和央の時も気にならなかったわけじゃないけど、
わざわざ高いチケット買って、ああやっぱり来なきゃよかったと思うのがイヤで笑。
しかし2回目となる今回はたまたまあるサイトで破格チケットをGETしたのと、
ヴェルマ役がブロードウェイキャストのアムラ フェイ・ライトというので決めました。
(ブロードウェイでは6、7回くらい観ていますが、アムラも見たことある顔だなとは思ったけどおそらく舞台は未見)

で、観終わった結論からいうと、
(私なりに理解している)CHICAGOという作品の素晴らしさが半分も伝わってきませんでした。ううう泣。

私だって本当にフォッシーが表現したかったこと、その美学を完全に理解してるかと言われれば自信はないけれど、
何度考えても、うーーんこれではちょっと・・次回も観たい!とは思えません。
フォッシーはこの世にいないし、フォッシーの愛弟子と呼ばれるダンサー達もお歳を召されて、
もうこの時代、完璧なCHICAGOは観られないのかなという気もするけど、
それならば映画版のようになるだけフォッシーの意図に忠実に従った作品にするとか
(監督のロブマーシャルもそのような発言をされてるし、私もフォッシーの作品として違和感がほとんどない。
まあダンスはさすがに映画バージョンだったりとか、構成上色々仕方がないことはありますが)
あるいはもっとこれぞ日本語版!というような作りにするとか、、。
とにかく今回の日本語版はなんだか全てが中途半端な印象でした。

フォッシーが作る世界はクールでセクシーで、とにかく格好いい!!!
体の線を強調した黒ずくめの衣装、山高帽や編みタイツ・・そしてあの独特の振り付け。
どれもゾクゾクするくらい素敵で、一度観たら忘れられないような強烈な個性。唯一無二。
それがフォッシー・スタイル。
でもこれらの格好良さだけを真似してなぞるだけじゃ、全く意味がないと思うのです。
日本語版はまさにこれに陥っているような気がして、一生懸命作ってるのは分るのだけど。。
やっぱりフォッシー作品は難しいんです。(と再認識)
一見あの格好良さ(歌も含めて)だけで舞台が成り立つんじゃないかと錯覚するけど、
そんな簡単なものじゃなく、裏に、根底に流れている
アイロニー、知性、エレガンス、人間への深い洞察、そして人生への対し方、世界をどう解釈するかまでもが、
作品の中に織り込まれているからこそ感動するのだし、だから格好いいんです。
私はフォッシーの作品から、美しさとはせつなさとは、人間とは?そして本当の格好良さとは何か。
たくさんことを、教えてもらいました。

なもので、一番寂しかったのは、
先日観た『Dreamgirls』でうわ~~っていうカーテンコールの盛り上がりを体感したばかりというのもあって、
自分も含めた客席の熱気が最初と最後であまりにも変わってないように感じられて、
それがとてもとても残念でした。(つーかもう、帰りは落ち込んじゃったくらい・・・)


以下米倉ファンの方は読まないでください^^;;


でやはり米倉さんのロキシーが肝になるわけで笑、
なかなか評判という噂を聞いていたのですが・・うむむ~~~
確かに顔も脚も綺麗です、ロキシー風(衣装も似合ってる)で。ヴェルマでもいい気もするけど笑。
ただやたら頭が○そう見えるのと(失礼だけどほんとそう見えた、
ロキシーはそう見せてるだけでほんとは賢いんですよ。。ってあくまで私が思うにですが)
台詞と体が一本調子で予定調和的なのが、気になってしかたありませんでした。
以前観た『ブラッドブラザーズ』の鈴木あみも、『キャバレー』の藤原紀香もそうだったけど、
なんでアイドルとか女優さんが舞台やると、あの同じような甲高い声と仁王立ち踏ん張り立ちになっちゃうのかしらね。
多分あの形が安心なんだろうけど、でも観てるほうは体がとっても不自然で、
台詞もロキシー風にある時は可愛くある時は挑発的に・・とか単に調子を変えてしゃべってるだけにしか聞こえない。
踊りは昔からバレエをやられていたそうで、そこそこ綺麗に踊ってたかな~。
(映画版のレニー・ゼルウィガーよりは上で、キャサリン・ゼタ=ジョーンズよりちょい下くらいか)
最後ヴェルマと一緒に歌い踊る“Nowadays”は、振り付けは端折ってなかったようですが、
細かい振りが出来ていませんでしたね。。
側転は素晴らしかったです笑。(私は出来ない^^;)

米倉さんがCHICAGOが大好きという気持ちは、私にも痛~いほど分るのですが、
多分それも裏目に出ているような気がしました。
好きなら好きでいいんですけど、役者はそこから一歩離れて客観的に自分を見ることが出来る才能が必要、
昔在籍してたある劇団の演出家がよく言ってたのは、感動するのはお客さんで役者は自分に感動しちゃいけないと。
まあ人間だから演じてて感情がうわ~っとなることもあると思うけど、
たぶん演じるというのはそれだけとも、ちょっと違うんだろうな。技術というか芸ですかね。


ヴェルマ・ケリー:アムラ フェイ・ライト

登場の”All That Jazz"では、おお~~~っと思いました。
なんてたってCHICAGOにうってつけの、あのセクシー姉御な風貌ですからねー。
しかし、会話の部分(独白などは一部英語)が日本語になった瞬間ずっこけました笑。
外人のたどたどしい日本語ってなごむし、笑いも取ってましたが、
え~こんな一気に庶民的なヴェルマにしちゃっていいんでしょうか。。
でも米倉ロキシーを含めた他キャストとのバランスを考えた場合、あまりにスタイリッシュでも妙だしなー。
これでいいのか笑。
歌は特別上手いってわけでもなかったけど、ブロードウェイキャストならこのくらい歌えて当たり前といった感。
ダンスは、こなれてるというか風格はありましたがちょっとキレがないなあ・・
と思ったら、後で年齢が50近いということを知り。それならば仕方ないです笑。
どんなにキャリアがあっても、やっぱ体のキレは若い人には勝てませんしねうん。
(私も日々、身に沁みてます泣。。)


ビリー・フリン:河村隆一

さすがにLUNA SEAで鍛えた陶酔絶叫系の歌声が基礎になってるだけあって、歌は安心して聴けましたけど、
ビリー・フリンには・・(全然)見えなかったです・・・。
この役もロキシー同様、一見金の亡者で軽薄で、敏腕弁護士というのをいいことにやりたい放題言いたい放題
と思わせておいて、実は抜群に頭が切れ(そこは当たり前か)こういう人物にしては意外に品がよく、
かつバイタリティがあり、ふと垣間見せる色気と程よく枯れた雰囲気も兼ね備えた、多面的な魅力を持つ中年男。
というようなイメージなので(これもあくまで私が思うに)
歌がそこそこ歌えるだけではどうなんでしょ、てか河村隆一をキャスティングした意味がよく分からない。。
背もあまり高くないしね。背が低いならマラドーナ監督くらい強烈なオーラがあればOK。って違うか笑。
まあブロードウェイでも元バックストリート・ボーイズの人がやったりと、これぞビリー!って役者には
なかなかお目にかかれなかったですが。


そして、私が言うのも(生徒が先生を評するようで、おずおず)なんですけど、
バックダンサーの面々はとても頑張っていたと思います。(主役級が頑張っていないという意味ではなくて)
私が通うクラブでダンス教えている男性も出演されてまして、
いわば先生級のダンサーばかりのようで、ちゃんと踊る体が出来ていて身体能力も高いうえに、
フォッシー・スタイルを表現しようという心意気がひしひしと感じられました。
男性ダンサーの、山高帽に手を添えてタバコをくゆらせながら下向き加減でくねくねと踊るあの有名な振り付けは、
特別格好よかった!!
前回から引き続きロキシーの愛人役をやられていた大澄賢也さんの踊りも初めて観ましたが、
そんなに衰えた感じもなく(ダンサーとしてのキャリアは相当長いはず)
少々ねっとりした動物的な感じも笑、愛人役(家具のセールスマン)の雰囲気に合っていました。


言いたいことは尽きないですが、好きな作品をあまりにネガティブに書くのもなんですし。。
(書いてるけど笑)
でも最後に、劇中相当気になったこの2箇所の訳のことを。


○ロキシーの独白

ロキシーが独白と歌を交えてつづるナンバー"Roxie"。
その中で、観客に向かい「今日は(大切なお客様だけに)真実をお話するわ」と言う場面があるのですが、
それに続く言葉が、映画では「真実ってそんなに大事?」だったのが、
今回の日本語版では「真実なんてどうでもいいの」
になっていた。ひょえー。
・・それじゃあ全然意味が違うと思いますが。しかもぶっきらぼうに言葉を発してたし。

昨年、四季の『CATS』を観た時も、その日本語訳に大層憤慨したものでしたが笑、
劇中不用意に発せられる言葉なんてなく、全て作者の意図や作品の背景だとかを含んだものと思うので、
(私は)本来使うべき言葉はひとつしかないんじゃないかと思う。
変えなきゃいけない場合は、ほんとなるだけその世界を壊さないで欲しい・・・。


○裁判直後のロキシーのふるまい

ビリーのおかげで見事無罪を勝ち取った!しかしその瞬間にもシカゴでは別の犯罪が起きており、
裁判近くで若い女が男を撃った模様!という一報によって記者たちはロキシーを放って
いっせいにそちらに行ってしまう。
一人取り残されるロキシー。
そこで「ああ、なんにも無くなっちゃった。何もかも失ちゃった・・」みたいなことをつぶやくのである。

・・ええええ~~~違うでしょ!!
「なんで、(記者は)私の写真を撮らないワケ??」って台詞も言ってたけど、
(信じられない!明日の一面はもちろんこのロキシー様よね?くらいの勢い)
でもロキシーはここで落ち込んだりはしないでしょ。
何かを無くしたとも考えないというか、万が一思っても言わないキャラと思うけどな~~^^;


観る側にもそれぞれの解釈があるとは思うんですけどね(自由だし)。。
でも私はかたくな笑。



**ブロードウェイ・ミュージカル『CHICAGO』
日本語上演版

【会場】赤坂ACTシアター
【日時】2010年6月9日(水)~2010年7月4日(日)


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comment

仁王立ち!!

ほんと、本物をみたくなってしまいましたっ!!
って、日本版もみていない私ですが・・・笑

やっぱりうまいな~と思うのは、仁王立ちしていないで
普通の演技の中で、すばらしい歌唱力を発揮する人ですよね~、、、うんうん
うなずきながら読みました。って、ほど舞台をみていない私がいうのもなんですが、聞いてちょーーだーーーい
な歌い方は、こっちも肩がはって疲れるし、入りこめない。

ましてや、みいこさんは、この舞台を何度も見ているので、相当がっかりだったんですねーーーー。。。涙

配役は、お金の関係や事務所、客集めなど色々とあると思いますが、3回目があるとしたら誰が残るのでしょうか?
なんか、実験されているみたいで、いやですね。

1週間ぐらい無料でやればいいのに!!なんちゃって^o^

日本のミュージカル系の人はねぇ・・・歌えりゃ良いってもんじゃないんだよおいこらって人がね、、、あまりにも多いんだよね。。。って、ああ米倉嬢はミュージカル系ですらないのか(笑)

わたしはね、"日本人にメリケン・ミュージカルは無理だよ悪いこた言わんからやめとけや"派でございますからね。
何かの義理とかね、そういうことでもなければ日本でミュージカルは絶対に観ません。
こんな自分はシアターゴーアーとしてはあかんのかもしれませんが、少なくとも心の平安は保てます(笑)

好きな作品だからとりあえず検証しておきたいっていうみいこさんはえらいな~と思うけど、ま、何にせよ、哀しい記憶は早めに上書きしてしまった方が、精神衛生上良いと思いますよ?
ということで、そろそろNYが呼んでいるってことなんじゃないでしょうか(笑)

>yuricoさん
うわ~ん分ってくださって嬉しいです~~。
そうなの、もう極端な話その辺にだらーんと寝そべった状態でも仁王立ちと同じように歌える!っていうくらいがいいです笑。
たぶん、こういう些細な違和感?みたいなものがミュージカル嫌いを生んだりするのかもね。。もっと自然にこちらの気持ちに入ってきてくれればね、、山ちゃんみたく・・山ちゃんは別の意味でなごませすぎですが笑。

>配役は、お金の関係や事務所、客集めなど色々とあると
確かにー。今回で、やっぱり宝塚一人は入れとかなきゃ。。みたいな結論になってたりしてね笑。
でもなあ3回目は難しいのではないかな。
ブロードウェイでさえ、時々スターを入れたりして苦心してるっぽいし。
かなりキャストに左右される作品と思いますが(ダメダメの時は期待の分がっかりしちゃうかも)、yuricoさんにも機会があればぜひ観ていただきたいですっ♪

>MARIさん
そうそう、好きな作品に対してとりあえず義理は果たしましたよみたいな気持ちです笑。
しかし、なにがダメなんでしょうねー。単に役者個人の問題なのか日本人が外国のミュージカルをやる時の作り方の問題なのか、分らなくなりました。。
『ブラッドブラザーズ』のようにあまりひねりがなく普遍的なテーマでかつ構成がしっかりした作品は、
歌でがっちり心をつかんで、あとは役になりきれば、日本人でもいけるんだーと思いましたが、
『CHICAGO』みたいな作品はセンスとか伝えにくい要素がたくさんあるので難しいのかもですね。はまればすごいものになると思いますが。。
はい、そろそろNYに行って今の『CHICAGO』を検証したいです笑。
しかしこちらもキャストがローテションで回ってる風で。。悩ましいですね。第2のアン、ビビが出てこないかな~

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